トマシーナ珈琲 佐々木 雅彦さん

Life is journey enjoy the ride 心地よい居場所、気さくな旅人

トマシーナ珈琲 佐々木 雅彦さんの写真

青く塗り替えられたばかりの外壁に、白い縁取りの出窓が印象的な勾配屋根の家。 通りに面したディスプレイウインドウからは、古き良き時代のアメリカの人形やジュークボックスなどが飾られているのが見える。一見雑貨屋さんのような可愛い扉を開けると、出迎えてくれたのは焙煎中のコーヒー豆の芳香だった。

港南台駅から徒歩10分、山手学院の正門のすぐ近くにあるトマシーナ珈琲。 コーヒー豆を生豆から焙煎し販売していて、今年で開店9周年を迎えた。常連さんも多いが、取材当日は初めてのお客様も2人訪れた。散歩途中に立ち寄る人、「カフェイン抜きの豆も焙煎してもらえますか?」と訪ねてくる人。「いつもの」と電話で予約を入れてくる人もいた。

お客様に静かな声で話すコーヒー豆の焙煎や保存の説明はとてもわかり易かった。 自宅ではドリップのみなのか、マシンで挽くのか、手で挽くのか。どのくらいのペースで飲むのか。そんな話をしながらコンロに乗せられたロースターを加熱し始める。 味の好みを聞いて豆を一緒に選び、焙煎の度合いや挽き方の好みも聞く。わからなければお任せでもOK。投入するとシャンシャンというロースターの回転音に重なってパチパチと豆の爆はぜるいい音がして香ばしい香りが漂ってくる。「1爆ぜって言って、膨らみかけのパチパチいう音が1回終わってシーンとなるんです。そこで上げるとシティーローストの入り口くらい」「2爆ぜの音は〝ピチピチ〟。音の速度は焼けるほど速くなります。豆によっても音やタイミングが違って、季節や湿度によっても変わってくるんです」「ただ、温度や時間計って厳密にやるのには僕は否定的で、感覚でやってます。十分美味しく飲んでいただけます。焼色がわかるためになるべく自然光の入るところで焼いているんです」「冷ましている間も加熱が進むので、それを考慮して火から下ろすんです」そう言いながら一気に冷却スペースで手際よく熱を取っていく。保存方法を聞かれると「毎日ご家族で飲むなら、冷凍しなくてもこの袋※に入れたままジップ袋に入れて野菜室に入れておけば大丈夫ですよ」と、コーヒートークは続く。

保存袋の写真
酸化を防ぐ保存袋は、アルミ、ビニール、クラフトの三層構造

珈琲豆を生豆から焙煎、というだけで、なんだかこだわりが必要そうで素人には敷居が高いと思っていた、というと「去年あたりまではよくそんなことも言われてましたけど、見た目もロン毛だったし(笑)。僕でもできるんだからそんなに難しいことじゃないんですよ」と言うマスター。 サラリーマンだった前職を早期退職し、1年間自由に旅して過ごしたという。その旅の中でたまたま立ち寄ったお店で焙煎の師匠となる女性に出会ったのがきっかけでこの仕事を始めたそうだ。 もともと珈琲にはなんの知識もこだわりもなかった、と笑う。

店の中には珈琲の生豆はもちろんだが、雑貨が多い。古いもの、可愛いものが好きだというマスターの趣味のフィルムカメラや、昔乗っていた車やバイクの絵や写真。「お客さんが僕の趣味だろ うって置いていっちゃうこともあるんですよ」と飾られた写真や人形を指差す。シンプル好きな奥さんに叱られちゃうんだけど、と笑いながら語る一つ一つのフィギュアや雑貨のエピソードがど れも面白くて肝心の珈琲の話になかなか行き着かない(笑)。

トマシーナ珈琲店内の写真

「僕ね、仕事辞めたあと周りの仲間が将来を考えて悩んでる中で、全然悩まなかったんですよ。次々興味の湧いたもので楽しめるんで、暇が全然苦じゃなくて。勤め人時代に乗ってたのは大きな左ハンドルの車ばっかりだったけど、全部手放して、柄じゃないって驚かれたほど小さい可愛い車に乗り換えました。十分楽しんだと思った時点で車もバイクも、みんな欲しいって言ってきてくれた人のところにもらわれていきました」

好きなものはたくさんあるけれど、どれにも執着せず、満喫したら手放して、その時にやりたいことや欲しい物に向いていく。こだわりのないのがこだわりっていうか、とつぶやく。仕事もすみかもそうなのだという。 「35~36年住んでるのに、勤めていた頃は寝に帰ってくるだけで地元のこと何も知らなかった。ここにお店を出してからは、街に出ると色んな人に声をかけられるようになりました。地元で働くのってそれがいいですね」

猫が大好き。数年前まで一緒に暮らした愛猫の写真が飾ってあり、猫の絵やグッズもたくさんある。店名のトマシーナは、アメリカの小説家ポール・ギャリコの小説に出てくる猫の名前から取った。 カウンターの上にかけられた1枚の絵に目が止まった。バイクに乗ったヒゲの男性の背後からちょこんと乗った猫が顔を出している。 「あ、それ僕が描きました」 そこに書かれていたのが冒頭のタイトル。

コロナ以前は、焙煎を待つ間カウンターに腰掛けて世間話をしていくお客さんに試飲の珈琲を出していたそうだが、今はカウンターは使わず、初めての人以外は電話で予約を入れて取りに行くス タイルに移行しているとのこと。狭くなっちゃったけど、という店内は、それでもとても居心地がいい。香りにほっとしたくなったり、自分の好みの豆に出会うために訪れる人が引き寄せられる、そんな店のようだ。居心地良さそうな猫があちこちに隠れている。


トマシーナ珈琲
横浜市栄区上郷町4491-22
TEL 045-894-7136
営業時間 10:00 ~ 18:00

レポート◎塩崎 水映子/齋藤 保
文◎塩崎 水映子
撮影◎齋藤 保
取材日◎ 2020 年12 月18 日