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多様さとこだわりの豆腐店 豆彦さん


【街の達人】



美味しさに心をこめた豆腐作り
多様さとこだわりの豆腐店 豆彦


お豆腐は私たちにとって身近でなじみ深い伝統的な食品のひとつであろう。ここ港南台に地元の水を使い、創業以来丁寧な豆腐作りを続けている店があることをご存じだろうか。港南台6丁目に本社工場を構える豆腐店、豆彦である。


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創業当時から続くもの

もともと港で働いていたという創業者の今井義人さんは、けがで仕事を休んだのをきっかけに、藤沢で豆腐店を営んでいた友人のもとで修業し、その後磯子区田中で開業した。今から30年程前、現社長正樹さんが10 歳の頃のことだった。「当時はまだ豆腐売りが来ると鍋を持ってお客さんが買いに来る時代でしたが、親父はその頃からパック詰めの豆腐を作ったり、豆の甘みを生かすため、にがりを豆乳の熱いうちに混ぜる機械を独自に作ったりしていました」との言葉から、先代の研究熱心さや豆腐作りにかける情熱が伝わってくる。磯子から工場拡張のため港南台に移ってきたのは昭和61年。平成9年には第2工場も稼働し、揚げ物、湯葉、惣菜の製造を始め、3年前にはその第2工場前に販売店もオープンした。
その店の中で、商品や創業の経緯を穏やかな笑顔で説明してくれる正樹さん。お父様に負けず豆腐作りに誠実に取り組んでいる様子が言葉の端々からうかがえる。

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美味しいという感動を伝えたい

そんな正樹さんだが「豆腐屋にだけはなりたくないと思っていました」という。朝早くから働き、疲れ果てて夕方には玄関で寝転んでしまっていることもあった父親の姿を見て、きつい仕事だと子ども心にも思ったそうだ。継ぐ気はまったくなかった。
その「きつい仕事」を継ごうかと思い始めたのは正樹さんが20歳を過ぎてからとか。子どもの頃、食卓にのぼる父親の作ったお豆腐を「おいしいなあと思ったものです」と懐かしそうに目を細めて言い、「おいしいものって口に入れた瞬間にあっと思うものがありますよね。その感動を覚えているし、伝えたいと思うようになって」と控えめな口調ながら、その言葉には本物を残したいという思いの強さがにじむ。
その言葉どおり1代目から続くおいしい豆腐へのこだわりは材料選びや製法にもあらわれている。大豆は佐賀県の「フクユタカ」を中心に国産のもの、にがりは今では珍しい昔ながらの製法による伊豆大島の海精にがり、水は地元円海山の伏流水を汲み上げて使用、油揚げなどに使う菜種油は今や唯一の遺伝子組み換えでない菜種の産地である西オーストラリア産を、日本国内で精油された物を使うなど、安心で良質な素材を国内外から柔軟に選んでいる。また、量販店に並ぶ豆腐類の多くは、消費期限を長くする為にパック詰めした製品を加熱殺菌処理してあるが、風味や甘みが減少するため豆彦では行わないという。製法に関してもおいしさを守る独自の工夫がされているのだ。

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すべては人とのつながりの中に

大豆の甘く濃厚な香り漂う湯葉の製造工場を見学する間も、原材料や製法について正樹さんの熱心な説明が続く。その誠実な話しぶりの中で随所に語られたのは人との縁。
山形県遊佐町産のえごまを使ったえごま豆腐や良質の国産大豆から成る乾燥おからは、生活クラブ生協神奈川とのつながりから生まれた商品でいずれも好評だ。いい素材を最大限有効に生かしたいという生産者と消費者の想いに豆彦が応えた。特に乾燥おからは製造にコストがかかり、廃棄物扱いなので行政からの補助金もないのだが、いいものを最後まで大切に食したいという想いと協力に支えられ製造されている。ここには人と人との縁の循環を思わずにはいられない。
販売店でお話を伺っていると8月の暑い昼下がりだというのに、お豆腐を買いに来る主婦や手作りのお惣菜を求める男性客がふらりとやってくる。店内にはお豆腐や油揚げはもちろん、湯葉を使ったお惣菜やおからのコロッケなどあれこれ並んでいて楽しい。「いろんな食べ方を知ってもらいたい」と意欲的に惣菜作りにも取り組んでいるのだ。
一方で「小手先の目新しさや技術だけではいけない」ともいう。終始やわらかな表情の正樹さんだったが、その言葉からは多様な商品を扱っていながらも、しっかりとした基礎を保っている自負がうかがえ、頼もしくもあった。
その日、甘み豊かな豆腐に舌鼓をうちながら、この町の豊かさもまた、一緒に味わった気がした。


(レポート:米村 鴻一、安木 由美子 取材:2011年8月)


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